おやすみ
    お題:ドクター



 茫々と砂が広がっている。ここはどこだろう?
 足下の砂がかすかに音を立てた。
────これは……。
 私は顔を上げる。
 まるで陽炎のように砂塵の向こうに浮かぶ影。
 その影はひっそりと頭を垂れている。
 だめだ。
 私は不意に言いようのない恐怖に駆られる。
 足下が波立つ。
 私はよろめきながら影に近づこうとする。足下の砂がゆるゆると崩れはじめる。
 焼けついたような喉を振り絞りながら、私は叫ぶ。
────だめだ、そこは!
 砂が逆巻きながら、その姿を取り巻く。
────危ない、ザナンザ!!
 ゆらりと影が顔を上げる。ヘイゼルの瞳が、私を見つめる。
 流砂が懐かしい姿を飲み込みはじめる。
────お許し下さい。
────ザナンザ!行くな!!
────兄上をお手伝いできないことを・・・
 ザナンザの顔が悲痛にゆがむ。
────ザナンザ!
 誰よりも大切な私の弟。魂の半分だと信じていた弟の姿が砂に沈んでゆく。
────ザナンザっっ!!
────けれど……兄上に……
 轟音が彼の声をかき消す。



 自分の激しい息づかいだけが聞こえる。
 目を一杯に見開いても、しばらく闇しか見えなかった。
 私は首筋や額をぐっしょりと濡らした汗を腕で拭った。
 夢だった。
 また、あの夢を見てしまった。
 呼吸を整えながら闇の中に目をこらす。徐々に目が慣れて弱い月の光におぼろげに照らされた室内の輪郭が見えてくる。
 天蓋で覆われた寝台、枕元に立てかけられた剣、そして……。
「皇子、どうしたの?」
 今の今まで胸元に寄り添っていた小さな身体。細い指先が私の頬に触れた。
「……汗、かいてる?」
「なんでもないよ、ユーリ」
 私は言うと、その身体に腕をまわす。柔らかくて、あたたかい。
 夢の中の灼熱の砂とは違う、穏やかにしみとおる暖かさ。
 ユーリの身体で、私は自分が冷え切っていたことに気づく。
「少し、夢を見ただけだ」
「……ザナンザ皇子の?」
 ユーリの声が震えた。私は腕に力を込める。細い身体に巻かれた包帯が腕を掠める。
 傷からの熱は治まっているようだった。
 ユーリもまた、ザナンザと同じように奪われるところだったのだ。私は身震いをした。
「そうだ」
「・・・皇子・・・」
 ユーリの指がなだめるように私の髪を梳く。細い腕が私の背を抱く。
 私はまぶたを閉じる。
 懐かしい感覚だった。こんな風に、最後に触れられたのはいつだったか。
 あれは幼かった頃の母上の膝の上での記憶。私の愛する者はいつも遠くに行ってしまう。
 母上も、ザナンザも。
────けれど、兄上におかえしします。兄上の一番大切なものを。
 そうだ、私の一番大切なもの。
「ザナンザがおまえをかえすと……」
「眠って、皇子。皇子はずっと頑張ったんだから」
 まるで子守歌のように繰り返される言葉。
 私はユーリの体温を感じながら、少しずつ増してゆく眠気に身をゆだねる。
 この腕の中なら、もう怖い夢は見ない。
 ユーリがなにか言ったような気がした。けれど、私は眠りに引き込まれてゆく。
 穏やかに、たゆたうように。
「…ごめんね、皇子」
 なにを詫びることがある?おまえは、私の元に戻ってきてくれた。
 私は─────おまえの腕の中で眠り、また進んでいく力を取り戻そう。
 ザナンザなしで、私の理想を実現するために。

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