告白
  お題:罪



──── 一度として願わなかったと言えるだろうか?



 ユーリが笑っている。舌っ足らずな声が彼女を追いかける。
「ほお、睦まじいですな」
 政府の要職を務める男が目を細めてそれを見下ろした。
 回廊から見渡せる中庭には陽光があふれている。
 少しもじっとしていない私たちの長男が跳ねるように走り、ようやく歩き始めた次男はそれを追いかけようとしてなんども尻餅をついている。
 ユーリは笑いながらそれを起こしてやり泥をはらう。
 離れていた長男が、駆け寄ってくる。弟から興味を移してもらおうと、ユーリの服を掴んでなにごとか話しかける。
「本当に、皇后陛下は御子をかわいがられます」
 感心したように初老の男が呟く。
 身分の高い女というものはたいてい子を産めば乳母の手に任せきりだったから、ユーリのように子が泣けば抱き上げてあやし、転べば助けおこすのは珍しいのだろう。
「おかげで夫である私は、あまり構ってもらえなくなったが」
 肩をすくめた私の言葉に、大げさに驚いてみせる。
「なにを仰います。イシュタルさまは天が陛下につかわされた方ではありませんか。御子たちも陛下のお世継ぎであればこそ」
 続くのは笑い声と軽い談笑。穏やかで平和な日常の風景。
 地方知事の息女の縁談話に耳を傾けながら、私は幸福を噛みしめる。
 至高の地位にあり、かたわらには愛する女。子にも恵まれ、戦もない平和な世の中。
 いつの日にかと思い描いていた日々だ。
 たった一人と決めた正妃をむかえて、愛しい家族に囲まれて。
 こんな日をやがては築いてみせると誓ったのだ。
 だから、天はユーリを私のもとに遣わされた。あの、女神の化身のような女を。



───── 本当に?
 本当にユーリは天から私のもとにやってきたのか?
 違う。
 ユーリは、家族のもとから引き離されて私のもとに逃げ込んできたのだ。
 彼女を慈しみ、保護していた家族からいやおうなしに奪われて。
『あたしの家族』
 眠る子を膝に抱いてユーリが言う。
『あたしの家族なんだね』
 あたりまえだ、ほかに誰の家族だと言うのだ?
 私は訊ねた。
 ユーリがその言葉を口にしたとき、思いをはせたものに気づかぬように。
『そうね』
 ユーリは微笑んだ。その笑顔は心の底からのものだったと信じよう。
 ユーリは私のものになったのだ ──── 永遠に。


 いつかは家族のもとに帰さねばと思っていた。この危険で困難に満ちた時代に彼女を置いておくわけにはいかないと。
 けれど、一度として願わなかったと言えるだろうか?
 この娘を、私にお与え下さい。
 帰そうと誓う心のどこかで天に祈った。



「それでね、大きなコブができちゃったのよ」
 一日遊び回ったのだろう、疲れて眠る子どもたちに上掛けを引き上げてやりながらユーリが言う。
「まだピアをおんぶするのは無理だって言ったのに」
 口だけ尖らせながら、ユーリの瞳は愛おしそうに子どもたちの寝顔に注がれる。
「ほんとうに、やんちゃなんだから」
「ユーリ」
 背中から抱きしめる。暖かいこの身体を、こうやって腕の中に留めておくことをどれだけ切望しただろう。
「なあに、カイル?」
 すとんと力を抜いたユーリの重みが胸にかかる。
「……幸せか?」
 帰すための努力は怠らなかったつもりだ。なにもやましいことなどしていない。
 けれど、私はいつも確かめてしまう。
「……幸せよ? こうやってそばにカイルがいるから。それに子どもたちも」
 顔をあげたユーリがそっとまぶたを閉じる。
 唇を重ねながら、私は思う。
 こんな日々を思い描いていた。
 腕の中にはユーリ、そしてかたわらには眠る愛し子。
──── 天よ、これが私の願ったことです。
「カイルは幸せ?」
「あたりまえだ」
 私はユーリを抱き上げる。腕の中の女神が現実のものであると確かめるために。


──── 天よ、どうか。


──── そして願いは聞き届けられた。


                   クリア?

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