祝福の朝
          お題:きせき



 それに耐えることができるのは女だけなのだという。
 気の遠くなるような痛みと、果てなど無いように思われる時間と。
 深淵に飲み込まれそうになりながら、私はどこか遠くで私にかけられる声を聞く。
 誰もがこの痛みに耐えてきたのだと。
 女だけに科せられた過酷な一刻は、女だけに与えられる喜びでもあるのだと。
 母は、姉は、伯母たちは、あるいは従姉妹たちも、これに耐えてきたのだろうか。
 この生きながら身体を引き裂かれるような痛み。
 まるで神の怒りをこの身に受けるような。
──── 私がどんな罪を犯したと言うのだろう?
 国のために愛していない男に嫁ぎ、その子を身ごもった。
 それだけではまだ足りないと言うのだろうか。
 脅える私に、物知り顔の侍女たちが言い含める。
 御子の顔を見れば、痛みなど物の数でもありませんとも。
 生まれる御子のお顔を想像なさいませ。
 目は誰に似ているのか、髪は誰に似ているのか。
──── そんなことは私を慰めはしない。
 私は皇帝の子など欲しくはなかった。
 私が欲しかったのは────まぶたの裏に、背けられた顔が映る。
 苦渋に満ちた表情をさらりと落ちる髪が覆う。
 ああ、綺麗だ。
 場違いにも私はその髪に見惚れた。
 私の目の前で音を立てて拒絶の扉が閉まるのを聞きながら。
 そうだ、私が欲しかったのは、彼の子。
 彼の淋しげな青い瞳や、冷たい色の髪を持った子。
 金の髪が光りを弾き、小さな手のひらを伸ばして笑う子を見れば、彼もきっと微笑んでくれると思った。
 ふたりでどこか遠くに逃げて、いつか心の底から笑いあえるように。
 歴史の書物に記されることなく、世界の片隅でひっそりと幸福な家庭を作り上げて。
 なのに。
 私は痛みに引き裂かれる。
 この、私の血を喰らい、やがて私を突き破ろうとする子に縛り付けられて。
 どうして、そんなに生まれたいの?
 おまえはなぜ生まれてこようとするの?
 私はおまえを望んだりはしなかったのに。
 遠くで侍女が叫んでいる。
 手慣れた動きの典医が霞む視界の向こうでかがみ込む。
 なに?
 なにがいったい?
 不意に身体が浮遊感に包まれる。
──── 皇子が……
 切れ切れな声が耳に届く。
 なにかけたたましい音が──── 声? ──── 泣き声?
「ナキアさま、皇子殿下でございますよ」
 私は重く感じるまぶたを開く。呼吸をするのすら煩わしい。
「見せて……」
 まるでそうすることが義務のように、私は緩慢に侍女に言葉をかける。
 生まれた。
 誰がどう望もうと、女の身体は子を産み落とすようにできている。
 私は身体の中に、いまだに疼く痛みと、言いようのない虚ろさを抱えながら、首を傾ける。
「ほら、なんと美しい皇子さまなんでしょう?」
 侍女が布に包んだ小さな固まりを私の顔に近づける。
「美しい?」
 私はどこかいびつな固まりをぼんやりと見つめる。
 こぶし大の赤ん坊の顔には、なぜかちゃんと鼻の小さな盛り上がりや、薄い唇や、湿っぽい睫毛の閉じられたまぶたがそろっている。
「これが?」
「お珍しい、金の髪ですよ」
 侍女が指で示した場所には、小さくからんだ金糸の固まりがあった。
 私はそれに指で触れてみる。その時、赤ん坊が身震いをする。
 睫毛が震え、涙をためた瞳が露わになる。
 私は息を飲んだ。
──── 青い瞳だった。
 冬の凍る湖のような深い色。その奥底に悲しみを秘めた蒼。
「……この子は誰に似たの?」
 指にからむ金の髪は、触れたいと願ったもの。そしてこの瞳は。
「先の皇太后さまは金の髪と青い瞳の美しい方だったとお聞きしますな」
 典医の言葉は私の耳をすり抜ける。
 生まれる子が誰に似ているか、胎動を感じながら目を閉じる日々。
 それは女にだけ与えられた喜びだと。
 命を産み落とすという女に与えられた特権。
「まあ、ナキアさま?」
 私は熱い頬を拭う。
 小さな赤ん坊が、小さな口を開けた。たちまち顔が紅潮し、小さな泣き声がほとばしる。
──── おまえはどうして生まれてきたの?
 私は赤ん坊に笑いかける。

──── おまえの生まれた意味を私は知っている。


                            クリア? 

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