君のためにできること お題:涙
小さな肩が震えている。抑えきれなかった声が、低く漏れる。
痛々しいほど細い膝に顔を伏せたまま、しゃくり上げる身体が揺れる。
胸が痛む。
すぐさまそばに駆け寄って抱きしめてやりたいと、腕の中に抱え込んで、頬を転がる涙を唇ですくい取ってやりたいと────私はその想いを抑えつける。
それは私の役目ではない。
それは私に許された役回りでもない。
彼女が泣いているのは、私ではない人を想ってのことだから。
けれど、私なら彼女をあんな風に泣かせはしないのに。
「……ユーリ」
つぶやきは苦しく漏れる。
────また随分と女を泣かせているみたいじゃないか。
冗談めかして言った兄上の言葉。
────兄上ほどではございませんよ。
軽口で応えた私の言葉。
あなたは、こんなにも涙が重いのだと、ご存じでしたか?
あの、石の上にはらはらとこぼれて小さく染みを作る一滴一滴が、まるで自分の心臓から搾り取られたもののように思えることを、知っていましたか?
多分……もう、ご存じなんでしょうね。
だからこそ、彼女はあなたのものなのだと、私は思います。
今まであなたのために流した姫君たちの涙のすべてよりも、彼女の落とすたった一粒の涙の重みを知ってしまったからこそ、あなたはユーリをそばに置くのだと。
そして、他の誰よりも愛しているからこそ────ああやってユーリは泣いているのだと。
彼女があなたのそばにいたいと叫んだ時、私の心もまた同じように痛みました。
それはあなたが愛するユーリをここに残す選択をしたために感じる痛み以上に。
「ユーリ」
私の声に、泣きはらした顔をあげる。
「ザナンザ皇子……」
ユーリの表情は無理に微笑もうとしてゆがんだ。
「ごめんね、皇子。こんなの、みっともないよね。カイル皇子はあたしのこと考えて言ってくれてるのに」
目尻に残る涙を拳でぬぐうと、ユーリはぎこちなく微笑んで見せた。
その笑顔は、涙よりも鋭く私の心に突き刺さった。
その場に膝を着き、彼女の手を取って口走ってしまいそうになる言葉を、私は飲み込んだ。
私なら、決してあなたを離さない。
兄上よりももっとあなたを幸せにしてみせる。
あなたに涙は似合わない。いつも笑っていて欲しいから。
「……あなたに涙は似合いませんよ」
代わりに、私もまた微笑んで見せた。
首をかしげて彼女の瞳をのぞき込む。こうやって顔を近づけると、彼女の頬は少しだけ赤くなる。
それは私に胸をときめかせるからではなく……私に似ている兄上を想うからだろう。
「宮の中に籠もってばかりいるから、気持ちが沈むんだ。気分転換に外にでも行こう」
「え……でも」
私はユーリの手をとる。
細くて、儚くて、守ってやりたいと思わせる愛しい手。
「行こう、外は良い天気だよ。少し行った丘には、林檎がもう色づいているそうだ」
「林檎?」
ユーリがぼんやりと私の言葉を繰り返す。
私はユーリの腰に手をかける。座り込んだままの窓べりから、小さな身体を抱えおろす。
両手にかかる彼女の重みを、強く抱きしめてしまいたい誘惑と戦いながら。
「ハディがお弁当を作ってくれた。彼女たちも、心配しているんだよ」
私の顔を見上げながら、ユーリが逡巡する。
国を挙げての戦準備のこんな時に、のんびり散歩することが許されるのかどうかを考えているのだろうか。それとも、ケンカしたままの兄上のことを?
私は物わかりのいい大人の顔でささやきかける。
「アスランも走りたがってるんじゃないのかな?」
黒い瞳が何度かまばたきをくりかえし、やがてユーリはこっくりとうなずく。
「そうだね……だけど皇子、ちょっと待って。顔を洗ってきていい?」
「ああ、いいよ」
私は思わず吹き出してしまう。
恥ずかしそうに涙の残る頬を押さえたユーリは、くるりと背を向けて走り出す。
本当にかわいい。
そう、涙など洗い流してしまえばいい。あとには笑顔だけを残して。
笑う彼女は兄上だけのものだけれど。
私はユーリのぬくもりの残る手のひらを握りしめる。
けれど、涙を止める手助けくらいは許されるだろう。
だって、ユーリの涙は、こんなにも私を苦しめるのだから。
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