In the Box    お題:パンドラ


 気にするな、操られてのことだ。


 正面から私の目を見据えて兄上が言う。
 こんな風に改まっておっしゃるのはなぜなのか。
 いつだって、私のしでかした過ちや悪戯などには、知らぬ顔で見て見ぬふりだったのに。
 困ったやつだと笑いながら、許してくださった。
「皇妃の狙いは、おまえと私との間を分断することだ。しこりを残すのは思うつぼだろう」
「はい、兄上」
 私は従順に頭を下げる。
 幼い頃から、こうしてきた。疑問にも思わなかった。
 兄上にお仕えすること。
 生まれて来た時から、身分が違う。だからこれは当然のこと。
 羨ましいとか、妬ましいとか、そんな感情を抱くのは身の程知らず。
「あれはおまえの本心ではなかった」
 兄上はまるで自身に言い聞かせるように呟く。
──── この娘をゆずってくれ。大切に愛おしむから。
 私が激して吐いたあの言葉には、ひとかけらの真実もありはしないのだと。
「はい、兄上」
 それが、あなたの望む答えなら。そう答えることがなによりの忠誠。
 私が奪いかけた娘は、兄上だけのもの。
「いいか、私たちの間には、なにごとも起こらなかった。そうだな?」



 気にしないで、皇妃のせいだもん。


 触れた肩が強張った。
「それでも、謝っておきたい」
「ううん、いいよ」
 無理に浮かべた笑顔が私を見上げる。
 のど元までしっかりと巻き付けられたマント。
 あいつは手足を露出しすぎると、いつだったか兄上がこぼしていた。
 あれではまるで少年だ、と。
 私を見上げたはずの顔は、目があうと慌てて伏せられた。
「皇子は悪くないよ。あんなの、全然思ってないよね?」
 マントを引き上げながら、口ごもって話す。
 いつだって、物怖じせずに小気味よく言い返すのが彼女だったのに。
 汗ばむほどの陽気の中、彼女が肌を覆っているのは、そこにまだ残された痕があるから。
 三日やそこらでは消えはしないだろう。
 幼い、まるで生まれたての赤ん坊のような柔らかいその肌に、荒々しく口づけたのは私だった。
「皇子は、あたしのことなんて……」
 そんなことがどうして分かる?
──── 誰よりも愛おしむから私のものになれ。
 あの、荒ぶる一瞬に、私が口走ったのは本心ではないのだと。
 けれど、私は眉根を寄せる。
「本当にすまない、ユーリ」
 穏やかな、少女を見守る保護者の顔をして。
「こんなことを私が言うのもおかしいが、気にしないで欲しい」
 ユーリのほっとした表情は、思っていた以上に私を傷つけた。
「わかった、皇子も忘れてね?なにもなかったことにしようね」



 甘く喉をすべり落ちていった媚薬は、秘やかな私の心をこじ開けた。


 羨ましい、妬ましい、欲しい─────愛しい。


 なにも起こりはしなかったのだと、誰もがそう願う。


 けれど─────飛び出してきたものは……… 

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