静御前さんの奥にて4500番キリ番げっとのリクエストは「スパイ・アクション」もの。いつものごとくの、一方的解釈で書かせていただきました。
大阪風雲禄@
大阪天満宮のほど近く、重厚な店構えを誇る老舗の和菓子屋の前に、一人の男がふらりと立っていた。
洗い晒しの着物に、肩から下げたずたぶくろ。
『御菓子司 エジプト屋』の看板を見上げた男はにやりと笑った。
「とうとう、帰ってきたか」
店に踏み込もうとして、下駄を履いた足が止まる。
「・・なんでこんなに・・・客がいないんだ?」
エジプト屋といえば、天満さんの前に店を構えてはや100年、名物みたらしで日中は引きも切らない客足でにぎわう店であったはず。
いぶかる男の前に、水でも打とうというのか手桶を抱えた中年の男がのれんからまろびでた。
「おい」
その男に声をかける。
のろのろと顔をあげた中年男は、アッというと柄杓を落とした。
「坊ン!坊ンやないかっ!!いままでどこにいってはったんや!!」
「ひさしぶりだな、ホレムヘブ」
男は父から大店をあずかる番頭を上から下まで見た。
「久しぶりやおへんで、いとはん、いとは〜ん!!」(注:いとはん=お嬢さん)
ホレムヘブはのれんに頭をつっこむと大声で呼ばわった。
「せわしないやつだな」
以前に会ったときよりははるかにくたびれているホレムヘブを眺めながら、男はつぶやいた。
「なんやのん、店の前で」
のれんがふわりと上がり、中から年の頃一九,二十歳の娘が顔を出した。見るからにはしっこそうな娘だ。
「あっ!?」
娘も男を見て立ちすくむ。
「よう、ネフェルト。おまえ色っぽくなったな」
「兄さん・・・」
エジプト屋のいとはん、ネフェルトはふらふらと兄に歩み寄った。兄は腕を拡げてその身体を受け止めようとした。
と、
「この阿呆がっ!!いままでどこ行きさらしててん!!」
スナップの利いた平手打ちが飛んだ。不意をつかれて、兄はよろめいた。
「って・・なんだ乱暴だな」
「乱暴やないわっ!!兄さんほっつき歩いてる間、お父はん逝てもうたで!!」
「親父が!?」
頬に手のひらの痕をくっきり残したまま、男は青ざめた。
「いったいどうして・・」
「まあ、なに騒いでいるかと思たら・・・ラムセスはんか?」
「御寮さん!!」(注:御寮さん=奥さん)
兄弟のやりとりを見ていたホレムヘブの後ろに、ひょっこり顔を出したのは、エジプト屋の後添い(後妻のこと)、ネフェルティティだった。
「よう、お帰り。こんなとこで騒いでたらなにかと思われるわ、はよお入り」
一同はぞろぞろと店にはいるしかなかった。
チーン
リンを鳴らして、ラムセスは神妙に手を合わせた。
仏壇の横にはみたらしをもって笑う父の遺影があった。
「兄さんが、家を出で次の年かな・・」
ネフェルトがしんみりと言う。
「お父はん、庭の池で魚にエサやろうとして、足滑らしはって・・」
「心臓麻痺か?」
仏前に供えられたみたらしを手に取りながらラムセスは言う。
「ううん・・魚が・・・ピラニアやったから、あっという間やったわ・・」
「馬鹿か・・親父・・」
すっと、ラムセスの前に茶が差し出された。運んできた小柄な娘にうなずくと、茶碗を持ち上げる。
「でも、骨だけやったから、焼き場では安うしてもろたんよ。大阪商人の鑑やって、みんな誉めてはった・・・」
ラムセスは不味そうに茶を飲み干した。
「うちの店が寂れてるのは、親父が縁起でもない死に方したせいか?」
みたらしを頬張りながらラムセスは言った。味が落ちた、とは思えなかった。
「それは・・」
「すんません、坊ン、みんなワシのせいです!!」
畳に頭をこすりつけんばかりに平伏している男がいる。
「タハルカ・・」
菓子職人頭のタハルカは、涙で濡れた顔をあげた。
「ワシが酔っぱろうてべらべら喋らんかったら・・」
「どういうことだ?」
ネフェルトは気まずい顔をした。
「話せば長くなるけど・・兄さんが家を出はったとき、お父はんが新しい名物作ろうとしてたんは知ってはるやろ?」
「ああ、みたらしではどこにも負けないが、他にも名物を作りたいと・・」
「その、名物やけどここのタハルカとで完成させはったんよ・・お父はん、すぐにでも売り出したいとえらい息巻いてはったのに、あの事故で・・」
ネフェルトは袂を目に当てた。しばらく、鼻をすすり上げていたが、やがて顔をあげた。
「うちの店がごたごたしている間に、その商品がよその店で売り出されたんよ」
「よその店って」
「北門のところの、ヒッタイト屋です!!」
タハルカが怒りに肩をふるわせながら吐き出すように言った。
「あの天神団子は、ダンさんとワシだけの秘密やったのに、それと同じもんが」
「タハルカは、その・・酒癖が悪いから、どこかで酔って喋ったと思ってるの」
「ほんまに、すんません!!」
ラムセスは眉ねをよせた。考え込む。
「タハルカ、おまえ喋ったって記憶があるのか?」
「へえ、いや、飲むといつもなにも覚えてないんで・・」
ふむ、とラムセスは腕組みをする。なにかがひっかかる。
「覚えてないということは、喋ってないということもありうる」
「だけど、兄さん。現実にヒッタイト屋は団子を売り出してるんよ」
「・・・もっと最悪のことが考えられる・・・」
空になった湯飲みを睨み付けながら、ラムセスは言った。
「・・・この店に・・・スパイがいる」
天満宮北門のすぐそばに、エジプト屋とさほど店構えの変わらない大きな店がある。重厚な看板に書かれた屋号は『菓子処 ヒッタイト屋』。
ラムセスは、人の出入りの激しいその入り口を睨んでいた。
「ラムセス?ラムセスじゃないか?」
背後から声がかけられる。露骨に嫌そうな顔をしてラムセスは振り向いた。
案の定そこにいたのは、
「ムルシリ・・・」
ヒッタイト屋の若主人、カイル・ムルシリだった。
ラムセスの気分などお構いなしに爽やかな笑顔を浮かべてカイルは近づいてきた。
「帰っているという、噂は本当だったんだな」
「なんだ、噂って」
「おまえが妹のネフェルトちゃんに店の前でしばかれてたって、町内みんなが知ってるぞ」
まったく、世の中暇人が多くて困る。ラムセスはぼやきながら、人の出入りが途切れることのないヒッタイト屋の方へあごをしゃくってみせた。
「たいしたもんじゃないか?」
「ああ」
カイルは奇妙な表情をした。ラムセスは目を細める。
「・・新発売の天神団子が好評でな」
天神団子ね。
「それよりどうした、こんなところで」
「その評判の天神団子が欲しくってね・・敵情視察だ」
不敵に笑うと、店の方に踏み出す。
「おい・・」
「オレが家を出ていた三年間何をしていたと思う?」
「遊びほうけていたんだろう?」
「違う・・・菓子修行だ」
餡べら一つもって、評判の菓子屋を渡り歩いた。門前払いを喰らわされたことも何度もあった。幾日も座り込み、ようやく調理場を覗かせてもらったこともある。
「菓子修行って、おまえ・・」
「団子一つで天下を取ったと思うなよ。オレは、エジプト屋のおやつじゃないといや、と若い娘が転がって駄々をこねるような菓子を作ってやる」
「いらっしゃ〜〜いっ」
のれんをはね上げると、中から威勢のよい声が弾んだ。
「これが天神団子か・・」
しげしげとへぎに包まれた団子を手に取る。一見、ふつうの団子に見える。
一つ取って口に入れる。
「!!!」
やわらかな餅を噛むと、なかから甘い蜜がじゅっとこぼれた。
「こ、この蜜は・・みたらしのタレ!?」
本来餅の外にからめてあるはずのタレが、餅にくるまれている。
「親父・・なんてものを考えるんだ・・」
ラムセスはうなった。
「あの・・若旦那さん、お茶を・・」
おずおずと声をかける者がいる。
みれば若い女中が、盆に載せた湯飲みを差し出していた。
「おお、気が利くな・・・あんた、見ない顔だな」
女中はラムセスが家を出た三年前にはこの店にいなかった。
「はい、半年前からお世話になっています・・ユーリともうします」
「ユーリか」
ごくりと番茶を飲みながら、かしこまって座っている女中を眺め回す。
体つきが小柄で、顔も幼い。
「あんた・・なんでこの店へ来た?」
「えっ?」
意外なことを訊かれて、ユーリがぽかんと口を開けた。
「いや、半年前なら、この店はとうに左前になっていて新しい人間を雇う余裕なんてないはずだ・・それにあんたは身体が小さい。大荷物を運ぶことの多い菓子屋には向いていないんじゃないのか?」
ユーリの頬が赤くなった。
「あたし、丈夫ですから。それにあたしを紹介して下さった口入れ屋さんが、こちらの御寮さんと昵懇で」
義母の名前を聞いて、ラムセスは顔をしかめた。
「うちの御寮さんは、店の台所事情にもおかまいなしに遊び回っているらしいが」
「そんな・・御寮さんはお店の経営にも熱心で、毎日調理場にも顔を出しておられます」
とがめるような口調が出過ぎたマネだと思ったのか、ユーリは盆を取り上げると慌てて立ち上がった。
「失礼します」
「あ、おい」
ぱたぱたと廊下を遠ざかって行く足音を聞きながらラムセスは苦笑した。
三年もほっつき歩いていた放蕩息子に、女中の心証が良いはずがなかった。
しかし、赤くなったり腹を立てたり、表情の良く変わる娘だった。
「ユーリ、か」
知らず微笑が浮かぶのにも気づかないまま、ラムセスはごろりと横になった。
炭火を落とすと、鍋の中を慎重にかき混ぜ始める。鍋の中のタレは透明度を増していた。
「若旦那さん・・・」
「しっ、タハルカ気を抜くな」
木ベラを引き上げると、小皿にタレを取る。
タハルカの前に差し出す。
「どうだ?」
捧げ持つように小皿を受け取ると、タハルカはおそるおそる口を付けた。
ラムセスはその表情を食い入るように見つめる。
タハルカがわずかに目を見開き、それからゆっくりと首を振った。
「これでは・・まだまだダメですわ」
「そうか・・」
唇を噛むと、ラムセスは鍋を持ち上げた。
ざっと中味を流しにあける。
「ずいぶん、熱心やねえ」
調理場の戸口にネフェルティティが立っていた。
そのまま、すたすたと入ってくる。
「これ、捨ててしまうんか?」
湯気を立てているタレをのぞき込む。
「御寮さん、まだ熱いから危ないでっせ」
指をつっこもうとしたネフェルティティをタハルカが止める。
「これは機密だから、義母上といえども覗いてもらってはこまりますな」
ラムセスは言うと、ざっと桶でくんだ水を流した。
「なんや、他人行儀やな・・今度はどんなもん作るん?」
「企業秘密です」
言うとラムセスはネフェルティティの背中を押した。
「良いと言うまではここに入らないで下さい」
不満げなネフェルティティを追い出すとラムセスはタハルカを見た。
「誰にも気を許すな」
「へえ、ワシ、これが完成するまでは酒絶ちしとるんですわ」
急に真剣な顔になって続けた。
「若旦那さん、絶対成功させまひょ。ワシ、大旦那はんの無念、晴らしたいんですわ」
理論的には、新製品は完成していた。あとは、微調整だった。後を引くような微妙な味が、どうしても作り出せない。
雨戸を立てた薄暗い店先の土間に座ったままラムセスは虚空を睨んだ。
あと少しでその味が掴めるはずだった。
その、あと少しが、どうにもならない。
「親父、あんたなら・・どうする?」
つぶやく。
不意に廊下を忍ぶ足音がした。磨かれた床板がみしりと言わなければ、気がつかなかっただろう。
誰だ、こんな時間に?
ラムセスは商品棚の影に身を潜めた。
薄闇の中、人影がすり抜ける。
潜り戸をゆっくり開くと、その影は通りに滑り出た。
・・スパイか?
ラムセスも息を殺してあとに続く。
草履を履いているのか、人影はひたひたと音を立てて通りをぬける。
そこからわずかに距離を置いて、ラムセスは追いかける。
天満宮の境内に人影が入ったとき、灯籠に照らされて顔が見えた。
(・・・ユーリ!?)
彼女がスパイなのか?
そんなはずはない。父が天神団子を完成させたのは二年前、ユーリが奉公に上がったのは半年前のはずだった。
だとしても、今は若い娘が出歩く時間ではなかった。
灯籠に身を隠しながらラムセスが後をつけているのにも気づかず、ユーリは暗い境内を小走りに行く。
「あっ」
小さな声が上がった。
天神池のにかかる石橋の上にたたずむ影があった。
ユーリの声が名を呼んだ。
「カイル!!」
ラムセスは耳を疑った。
(ムルシリ、か?)
影は手を広げ、ユーリはその中に飛び込む。
「会いたかった・・」
「私もだ」
ラムセスは息を潜めて、会話の聞き取りやすい場所まで近づく。
(あの野郎・・天神さんの境内で逢い引きとは破廉恥な)
二人はもっとラムセスが息巻くようなことを始めた。唇を重ねていたのだ。
出歯亀と化したラムセスは、ほふく前進で距離を縮めた。
ささやくような会話が聞こえてくる。
「待っていてくれ、新しい看板商品が出来れば・・」
「若旦那さんが・・商品開発を・・」
ぎりりと、唇を噛みしめる。
カイル・ムルシリとラムセスとは、同じ天満小学校で机を並べた仲だった。やたら融通の利かないカイルの正義感あふれる性格は知っていた。
ヒッタイト屋スパイの話も、口にはしたが内心は彼を信用していたのに。
(見損なったぞ、カイル・ムルシリ!!スパイにあんなオレ好みのかわいこちゃんを潜り込ませるなんて、とことん憎いヤツ!!)
ラムセスの拳が固く握りしめられた。
つづく・・・おや?
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