大阪風雲禄A

「今日は、いよいよ新製品を味見してもらう」
 ラムセスは言うと、室内の面々を見渡した。ラムセスの後ろではかしこまったタハルカが捧げるように菓子箱を持っている。
「なんや、たいそうやな」
 ネフェルティティがちゃぶ台に肩肘をついて言う。
「御寮さん、そら、うちの店の死活問題でっせ」
 ホレムヘブが小声でそれに向かってささやく。
「ほんま、今まで調理場にも入れてくれんと」
 ネフェルトが口をとがらせた。
「ヒッタイト屋に先を越されないためだ」
 ラムセスはタハルカから箱を受け取るとちゃぶ台に載せた。蓋に手をかけ一同を見まわす。
 室内の視線が集中した。
「これは、きたる天神祭での客を見込んだモノだ。材料の都合から、夏限定の発売にするつもりだ」
「へえ・・まあ、最近のこはレアものに弱いもんねぇ」
 ネフェルトが感心する。
 にやりと笑うと、ラムセスはさっと菓子箱の蓋を取った。
「ああっ!?」
 驚いた3人に、タハルカが得意気に告げる。
「夏季限定、スイカみたらしです」
「・・・なんで白玉が赤いん?」
「生地にスイカを練りこんであるからな」
「この、種みたいなぽつぽつはなんですねん?」
「これは、京都から取り寄せた大徳寺納豆ですわ」
 手早く3人に串を握らせる。
「さあ、食べてみてくれ」
 いっせいにどぎつい色のみたらしに視線を落とした3人は、互いに嫌そうに窺いあった。
「どうした?喰わないのか?」
 ラムセスは腕組みをして、それを眺め回す。タハルカは緊張した面もちだった。
「・・・食べるけど・・」
 ネフェルトがようやく口を開き、ちらりと義母に視線を走らせた。
「・・義母はんからどうぞ」
「な、なに言うてるん、あんたから食べ・・・せや、番頭はんから食べてみ」
「御、御寮はん、ワシより御寮はんや」
 名誉ある一番乗りをなすりあっている3人にラムセスは豪快に笑った。
「ははは、どうした、みんな?これは美味いぞ、なあタハルカ」
「はい!!」
 ラムセスとタハルカは自分たちもみたらしを取り上げると、勢いよくほおばった。
「うん、美味い!!」
「若旦那はん、大ヒットまちがいなしですわ」
「この、スイカのフルーティな感じがいいだろう?」
「それに、納豆!!この甘い中の塩辛さがミスマッチでええですわ!!」
 言葉を尽くしてみたらしをほおばる二人に、残る3人もおずおずと串を口に運んだ。
「・・・・」
「ううっ!?」
「・・・・・・・これ・・・美味しい?」
 一口含むなり顔をしかめた3人は、不気味なモノを観るようにラムセスを眺めた。
「ほんまにイケてると思ってるん?」
「当たり前だ、オレは日本中を旅して来たんだぞ?時代の流れに誰よりも敏感だ」
「御寮さんたちも、きっとクセになりますって!!」
 タハルカも口を添える。
「とにかく、だ」
 串を置きながらラムセスは宣言する。
「これを新商品として売り出す・・決めたんだ、いいな?」



「もち肌って言葉があるが・・あんたのはそれ以上だな・・さながら蒸し上がったばかりの白玉のようだ」
「いややわ・・・誰にでもそんなこと言うてるんやろ?」
 手を握りしめられて、女は頬を染めた。
「オレがそんなに軽い男に見えるか?」
 ラムセスの左右色の違う瞳に見つめられて女はうつむいた。
「こうやって・・」
 指と指を絡める。
「オレのタレ色の肌と合わせると・・・美味そうなみたらしみたいだな」
「・・・からかってはるん・・?」
 女はうつむきながらも、耳たぶまで真っ赤だった。
「ウチが・・嫁かず後家やと思うて」
「あんたがそう言われるのは・・・本気の男をはぐらかすからだぜ?」
 ラムセスは、女の耳元に唇を寄せた。
「しぎり屋のこいさん(=末娘のこと)といったら、評判の別嬪だって噂、知らねえのか?」
「そんなん・・・」
 水に入ったらカワウソのようにぺったりとなってしまうだろう毛量の少ない髪をなでつけながら、ラムセスはなおもささやく。
「ほら、あんたの店の隣のヒッタイト屋・・あそこの若旦那のムルシリなんか、目つけてるんじゃないのか?」
「・・・ヒッタイト屋?そんなことないやろ、あそこの若旦那は・・」
「ん?若旦那は・・どうした?」
 女はうわさ話を口にすることがはしたないことだと迷ったのか、しばらく黙り込んだ。
「・・・やっぱり、あんたに気があるのか?」
 ラムセスの指がうなじの後れ毛を弄ぶ。女は赤らみを通り越して色黒に見えた。
「・・ちゃうって、あそこの若旦那はん・・女中に手を出しはって・・」
 女中というのはユーリのことだろうか。
「なんでも、結婚するとか言うてはったんやけど、あそこの御寮さんが怒って女中を嫁にするんやったら家督は認められへんて・・」
「あそこの御寮さんも確か、後添い(後妻)だったな」
「御寮さん、自分の子に跡取らせたいみたいやし・・で、女中が店を出たらしいわ」
 そして、そのユーリがエジプト屋に来た訳か。ラムセスは考えながらも、女の首に指を這わせた。
「その女中・・・あんたに似て別嬪なのかな?」
「いややわ・・」
 女が身をよじる。
「別嬪かどうか分からんけど、若旦那さんえらい本気で。そんで、ご隠居さんが『まわりをうならす新製品を作ったら女中を若御寮に迎えてもいい』言いはったらしいわ」
「新製品というのは、『天神団子』か?」
 父の考案の団子を思い浮かべて、ラムセスは唇を噛んだ。
「あれはね、ちゃうのよ。御寮さんの考案。ほら、次男のジュダはん跡取りにしたいからご隠居さんの気を惹くためやって、もっぱらの評判」
 女は太い腕をラムセスの首にまわしながら、うっとりとささやく。
「なあ、こんな話より・・うちらの話、しよ、な?」
「・・・ああ」
 ラムセスはにっこり笑うと、もち肌と言うよりは鏡餅のような丸い女の身体を抱き寄せた。



「兄さん、えらいことよっ!!」
 ヒステリックに叫びながらネフェルトが襖を開けた。
「なんだ、ネフェルト騒々しい」
「のんびりしてる場合やないわ!!ヒッタイト屋が・・」
「新製品にスイカみたらしを売り出したか?」
「なんでそれを・・」
 あ然としているネフェルトを見ながら、ラムセスは身体を起こした。読みかけの雑誌をばさりと投げだす。
「ひっかかったか・・」
 すべてが計画通りだった。あの、とんでもない新製品はおとりだった。
「おまえ、オレが本気であのみたらしを売り出すと思っていたのか?」
 あのみたらしを生み出したラムセスとタハルカは、「美味しそうに食べる」ために、随分と苦労をしていた。
「・・・どういうことなん?」
 ラムセスが、畳を指すと、ネフェルトは神妙に座った。きちんと膝を整えて正対する。
「親爺の考えた逆さみたらしは『天神団子』という名でヒッタイト屋から売りに出された。オレがスパイがいると言ったのは覚えているな?」
 ネフェルトは真剣な表情でうなずいた。
「だから、こんど新製品を売り出す時にも同じ事が起こるのでないかと考えて、わざとダミーを作って試食させた。・・・結果は?」
「でも・・でも・・・まさか本当に店にスパイがいるやなんて・・・」
 ネフェルトははっとした。
「まさか、兄さん!!あの時、試食させたメンバーを疑ってるん!?」
「他に誰がいる?」
 ネフェルトの顔が紅潮した。
「そんなはずがないわ!そらお義母はんとは血が繋がってへんけど、ずっとお父はんと一緒に店を守ってきた人やで?ホレムヘブだって、タハルカだって、丁稚の時からウチの店にいたんや、スパイなんて!!」
「ずっといたらスパイじゃないのか?・・・おまえ・・もしかして、まだ日が浅いユーリをスパイだと?」
「だって、あの人!!」
「・・・ヒッタイト屋の若旦那と出来てる、か?」
 ネフェルトが口に手を当てた。ラムセスは、その顔を見て苦笑する。
「それくらいの話、オレの耳に入っていないと思うなよ。だがな、忘れるな。親父の団子が盗まれたのは・・ユーリがここに来る前だ」
「アレはタハルカが酔っぱらって喋ったって・・」
 ラムセスは、机の下から菓子折を引き出した。
 畳の上を、ネフェルトの方へ押しやる。
「おまえ、『天神団子』を食べたことがあるのか?」
「ないわ、ライバル店のもんやもん」
 菓子折の蓋を取って、ネフェルトは凍り付いた。中には『天神団子』が並んでいた。
「・・・食べてみろ」
 うながされて、おそるおそる口に運ぶ。
「・・・どうだ?」
 ネフェルトが無言で首を振り、そして涙ぐんだ。
「タハルカは、漏らしていない。この団子の蜜は、ウチのみたらしのタレとは違う・・・一子相伝だからおまえは知らないだろうが・・ウチのタレは甘味に琉球産の黒砂糖を使っている。そうしないと、評判のコクが出ないからだ。この蜜はそれを使っていない。タハルカが漏らしたなら・・・分かるな?」
 ネフェルトが何度もうなずくと、ラムセスは団子を一つ指でつまんで口に放り込んだ。
「だから、おまえがなんと言おうとも・・スパイはお袋か・・番頭だ」



「なんで、ヒッタイト屋に先ばっかり越されるんや!!」
 ネフェルティティがいまいましそうに叫ぶ。
「このままやったら、船渡御の時のまき菓子がヒッタイト屋のもんになってしまうがな!!」
「まあ、スイカみたらしではそうならないと思うぜ?」
 ラムセスの声に、室内にいた者がいっせいに振り返った。
「若旦那はん!!」
 丁稚や女中を手を挙げて宥めながら、ラムセスは帳場に踏み込んだ。
「若旦那、どういうことでっか?」
 ホレムヘブが訊ねる。
 ラムセスは、勢揃いした一同をぐるりと見渡した。
「オレは、この店にヒッタイト屋に情報を漏らした者がいる、と考えた」
「な、なんやて!?」
 ざわめきが広がる。
「ラムセス、誰やのん、それは!?」
 ネフェルティティが息巻いて言うのを片手で制する。
「お義母はん・・・確かヒッタイト屋の御寮はんとは、女学校が一緒でしたね?」
「ああ、ナキアはんやろ?なんか派手で好かん子やったわ!!」
 負けず劣らず派手だった自分を棚に上げて、ネフェルティティは吐き捨てた。
「それが、どうしたん?・・・あんた・・まさか・・」
 眼を剥いた。
「ウチがヒッタイト屋に情報漏らしたとでも言うんか!?」
「いえ、お義母はん。そこまでは」
「言うたも同じや!!よりにもよって、ウチがあのナキアはんに情報漏らしてるやなんて!!」
 悔しさに足を踏みならしながらネフェルティティは叫んだ。
「まあまあ、御寮さん・・・若旦那も酷いでっせ。この店には他にもヒッタイト屋に縁のある者がおりますがな」
 割って入ったホルムヘブは宥めるように言うと、じろりと土間に立つユーリを見た。
「ここに来る前にあちらさんで働いていた人もおらはるし」
 視線が集まって、ユーリが弾かれたように顔をあげた。
「あたし・・・!?」
「せや」
 ホレムヘブはうなずいた。
「なんでも、あっちの若旦那とええ仲やったらしいがな・・・これやから身元の知れんもんは・・・」
「ちょっと待ち!!」
 大騒ぎしていたはずのネフェルティティが、ホレムヘブを睨み付けた。目尻がきりきりと上がっている。
「・・・ユーリはんの身元が知れんて?ユーリはんの身元保証人は、口入れ屋(職業紹介所)のミタンニ屋・・ウチの実家や!!あんた、ウチの弟が泥棒猫紹介したって言うんか?」
「いや、御寮さんそんなことは言うてへんがな・・」
「あんたの口調はそうやった」
 雲行きが怪しくなる。丁稚や女中が不安そうに見守る中、ラムセスは咳払いをした。
「・・まあ、それはいい。今日はヒッタイト屋の裏をかいて、皆に本物の新製品を食べてもらおう・・・タハルカ!!」
「へえ!!」
 呼ばれてタハルカが、重そうな壺を運び出す。
 ラムセスは先ほどからぱちぱちとはぜていた炭火の上に、手早く団子の串を並べた。
 少し焦げ目のついた串を渡すと、タハルカが壺の中のとろりとした液体をすばやくからめる。
「どうぞ」
 ネフェルティティが、胡散くさそうにそれを受け取った。
「これは・・・みたらしに見えるけど」
「お義母さん、ウチはみたらしで売ってきた店です、勝負はみたらしでつけます」
「兄さん、おいしい!!」
 ネフェルトが声をあげた。
「ほんまや。ごっつう美味しいわ・・・このタレは・・・」
 従業員達は口々に言いながら、みたらしをほおばった。
「いままでの醤油ダレと、この味噌ダレと、これからはこの2本の柱で行くつもりだ」
「この味噌ダレは、この店の新しい秘伝になりまっせ」
 タハルカが胸を張った。
「ラムセスはん・・・あんた、この味どこで修行を?」
 訊ねたネフェルティティに、ラムセスは不遜に笑う。
「使用している味噌で気がつきませんか?これは八丁味噌・・名古屋です」
「若旦那・・それを言うたら・・」
 咎めるようなタハルカを制して、ラムセスは続けた。
「八丁味噌を使うことは秘伝でもなんでもない。たとえ、それを使ったところで、このオレと同じ味を出すことはできん・・・微妙な配合、加減のすべてはこのラムセスの頭の中にある」
 ぐるりと店内を見まわす。
「たとえ、この中にヒッタイト屋と通じているヤツがいても、オレには痛くもかゆくもない。さあ、開店だ!!今日はこのみたらしを売りまくるぞ!!」
 『新発売 味噌みたらし』と書かれた幟を取り出す。
「今日はバンバン、客が来る!!たっぷり働いてもらうからな!!」
「はいっ!!」
 大声で唱和があった。


               つづく                

        

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