「めぐり逢えたら」第二話
by きくえさん
BC4世紀 マラカンダ
空は変わらずに青いのに、街は数ヶ月前では考えられなかった程に変わっている。
「…一緒に帰ってこれたら、と思って…」
そう言って差し出された小さな袋を開けてみると、中にあるのは僅かな髪の毛。
一度しか会った事はないけれど、あの人のものだと確信する事ができる、あの時、綺麗だと思った金色が輝いている。
隣にいた細い体が、地面へと崩れ落ち、小刻みに震えつづけているその肩をそっと抱える事しか、あたしにはできない。
「ふっ……ユーリっ…!」
泣きながら名前を呼ばれ、抱き締める腕に力がこもる。
約束したじゃない…
幸せにするって、約束したじゃない。
あの暖かい日が、昨日の事のように思える。
「私ね、結婚することになったの」
幼なじみの突然の告白に、布を織っていた手が止まる。
そうさせた張本人はというと、恥ずかしいからなのか、休めることなくその手から綺麗な模様を織り続ける。
「本当に?!相手は?どんな人なの?」
あたしの弾んだ声に、ようやくほんのり頬を赤らめた顔をこちらに向け、その手は今度は、綺麗に伸びた髪の裾を弄ぶ。
「相手の人は…ほら、以前話した…」
「ああ!あの軍人さん!」
こっくりと頷く彼女は、今までに見たことが無いぐらい可愛い。
女のあたしでも、抱き締めたくなるぐらいだ。
「おめでとう!良かったね、セルト」
セルトが"軍人さん"に逢ったのは大分前のことで、男たちにからまれていたのを助けてもらって、一目惚れしたらしい。
長い付き合いだったけど、その話をした時の彼女の表情は始めて見るもので、あたしも「上手くいくと良いな」って思ってた。
「ありがとう。ユーリは?まだヒムロと一緒に暮らさないの?」
「やだ、なんでヒムロなのよ!」
そっそんな…ヒムロと結婚だなんて……嬉しいけどさ…。
否定しておきながら、顔が赤くなってるのが自分でも判る。
やだなぁ、もう。
「ふぅ〜ん?まんざらでも無さそうだけど。時間の問題かな?」
…あたしをからかうのが、楽しくて仕方が無いっていうような表情…。
あたしとセルト、それにヒムロの3人は、生まれた時から一緒にいて、まるで兄弟の様に育ってきた。
そんな幼馴染のヒムロを意識しだしたのは、ほんの最近。
ヒムロも、あたしの事はまんざらでもない筈……多分。
「あたし達の事はいいの!で?いつから一緒に暮らすの?」
「未だ、はっきりとは決めてないの。でも、ユーリとヒムロにはその前に一度、彼と会ってみて欲しいの」
いい?というような表情に、大きく頷く。
「勿論じゃない。ヘンな男だったら、あたしたちが許さないんだからね」
「ふふっ。お手柔らかにお願いします」
お互いのおどけた調子に、二人で声を上げて笑う。
頭上に広がる青空に、吸い込まれていくようだ。
彼女はきっと幸せになるだろう。ううん、絶対になる。
だって、空も風も太陽も、こんなに祝福してるんだもの。
「はじめまして。カイル・ムルシリです」
……びっくりした。
ヒムロと二人で待っていた所にセルトと一緒に来た男性は、とても軍人には見えない感じだったから。
カイルと名乗ったその人は、5〜6才ぐらい年上ですらっとした長身に、美しい金髪。
瞳は、優しくて暖かい月光のような色をしていて、物凄く綺麗な顔立ちをしてる。
それに、軍人というより、貴族と言われた方が納得してしまうような雰囲気を持っている。
セルトが一目惚れしたのも、判る気がするな。
そして…なんだか懐かしい……。
ヒムロも、想像していたのと随分違っていたんだろう。ポカンと口を開けている。
「セルトの何処が好きになったんだ?」
自己紹介を終えてからの、第一声がこれだ…捉え様によっては、かなり失礼な質問。
取り敢えず、彼に見えないようにして、つねっておく。
「あ、嗚呼。そうだな、意思がしっかりしていて…綺麗な黒髪とかが…」
「………」
「………」
3人で何か話が盛り上がってるけど、あたし一人、べつの場所に放り出されたみたいになる。
なんだろう。
カイルはどこか、ぼーっとしてて、それでいて、ずっと見つめられてる気がする…。
あたしも、彼から目が離せなくて、この気持ちはなんなんだろう?
セルトが彼の隣にいるのが、凄く……イヤだなんて…。
ソコハアタシノバショダッタノニ
「ユーリ?どうした?」
「ごめん、なんでもないよ。ねえ、カイル…さん、1つ聞きたい事があるんだけど、いい?」
「"カイル"でかまわないよ。なんだい?」
カイルは、どこまでも柔らかい微笑を向けてくる。
「何故すぐに一緒に暮らさないの?」
普通は、結婚を決めたのなら、そんなに日にちをあける事はしないものなのに、セルトが、何時なのか決まってすらいないと言っていたのが、疑問だったのだ。
「それは…マケドニアがここを欲しがっているというのは知ってるな?」
真顔になったカイルに、大きく頷く。
あたし達の街、マラカンダは、東西の交易の要所で、とても栄えているからか、いろんな国がここを欲しがっている。
今は特に、西方の国・マケドニアが狙っているらしい。
「近い内に、戦争がおこる。俺はこう見えても軍人だからな、今度は前線に出る事が決まっているんだ。
だから、一緒に暮らすのは俺が帰ってからにしようと二人で決めたんだ」
カイルは、少し淋しそうな顔をしているセルトの肩を、安心させるように抱き寄せた。
「そうなんだ…。カイル、絶対にセルトを幸せにしてあげてね?」
「勿論だよ」
セルトは幸せそうにカイルを見つめている。
この笑顔が、どうぞ永久のものとなりますように…。
あたしは、心からそう願っている。
「結婚、おめでとう」
精一杯の笑顔で、祝う。
カイルハアタシノモノダッタノニ
その数日後、カイルは前線へと出ていった。
セルトは、彼が帰ってくるのをずっと待っていた。
マケドニアのアレクサンダー大王が街に攻めて来たのは、それから数ヶ月後の事だっただろうか?
燃えている
あたし達の、美しい街が、赤く燃えている…
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