「めぐり逢えたら」 第五話

                  by しぎりあ

AD21世紀 日本

「座っていたら?」
 姉の言葉に素直にうなずくと、夕梨は小さなスツールに腰を下ろした。
 白い裾がふんわりと広がって、あたりに波打つ。
「あたし、へんじゃないよね?」
 壁にはめ込まれた大きな鏡に映る自分を見ながら、また訊ねた。
「綺麗だってば!同じことばっかりきくのね」
 顔をしかめながら、姉の毬絵は髪に手をやった。
 ノックの音がする。
「ほら、あんたの不安の特効薬よ」
 細く隙間を開けたドアから顔を出したのは、氷室だ。
「・・・夕梨、いいか?」
 言ったきり、ドレス姿に息を飲まれる。
「・・・へん?」
 白いヴェールを持ち上げながら、夕梨はまた不安そうに訊ねた。
 氷室は慌てて首を振った。
「ぜんぜん!すっごく・・綺麗だ・・・」
 そう言う氷室も、今日はいつもとは違う慣れない黒いタキシードに身を包んでいる。
「氷室・・かっこいい・・・」
「そ、そうかあ?」
 もじもじと照れる二人に、毬絵は肩をすくめた。
「あ〜あ、世界作っちゃって!」
「そりゃ、一生で一番幸せな日ですもんね」
 くすくす笑いながら、氷室の姉が顔を出した。
「姉貴!」
「夕梨さん、うちの息子を紹介するわ!」
 膝のあたりに抱きついていた小さな身体を前に押し出した。
「・・・えっと、カイルくん?」
 夕梨は息を飲んだ。息を飲むほど綺麗な顔立ちの男の子だった。
 たしかもうすぐ5才になるはずだ。
「さあ、カイル、花嫁さんにご挨拶しなさい」
 母親の手に背中を押されても、子どもはその場を動かなかった。
「日本語、分かるよね?」
 氷室の顔を見上げながら、夕梨は訊ねた。
 アメリカ育ちの甥っ子に氷室も首をひねる。
「言葉は分かるよ。普段はこんなに大人しくないんだけどな」
「綺麗な花嫁さんを見て緊張しているのよ」
 夕梨はドレスの裾を持ち上げると、黙り込む子どものそばに膝をついた。
「こんにちは、カイルくん。あたしは夕梨。これからキミの叔父さんのお嫁さんになるんだよ?」
 手を伸ばして、色素の薄い柔らかな髪の毛に触れようとした。
「どうして・・・」
「え?」
 透き通った瞳が夕梨を見上げていた。
「どうして、お兄ちゃんとけっこんするの?」
 綺麗な琥珀のような瞳をのぞき込んだまま夕梨の手のひらは空中で止まった。
「どうしてって・・そりゃ・・」
 子どもが相手だったが、夕梨は少し緊張した。まわりには姉や、これから姉になる人もいるのだ。
「お姉ちゃんはお兄ちゃんのことが好きだからよ」
「本当に?」
 子どもは、なおもまっすぐな瞳で見つめている。
 あと何年かすれば、さぞかし女の子が騒ぐようになるだろうと夕梨は思った。
「本当よ。一番好きな人なの」
 言葉にすれば、胸のあたりが暖かくなった。
「だって、分からないよ・・・もっと好きな人ができるかもしれない」
 それは驚くほど大人びた言い回しだった。
「カイル?」
 母親が声をかけると同時に、くるりと背を向けると子どもは廊下に飛び出した。
「待ちなさい、カイル!」
 慌ただしく追いかけて行く姿を見送りながら、氷室がつぶやく。
「なんなんだ、あいつ・・・」
「あたし、嫌われた?」
 夕梨の言葉に、首をかしげる。
「いや、機嫌が悪かったんだろう?普段は愛想いいんだぜ?一人っ子だからな、我が儘なんだよ」
 夕梨に手を差し伸べて立ち上がらせる。
「子どもって分からないな・・・」
「なに言ってるの、すぐにあなた達も他人事じゃなくなるんだから!」
 ウェディングドレスの皺を伸ばしながら、毬絵が笑った。
 夕梨と氷室は顔を見合わせる。小さく微笑む。
    「すぐに、ね?」
    「ああ、そうだな」
     照れて頭を掻く氷室の横で、夕梨はそっと腹部に手を当てた。
     今日、あたしは一番好きな人と結婚する。

     これ以上に誰かを好きになるなんてないから。

     夕梨はもう一度、微笑んだ。


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「陽の翳る午後」

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