酔いどれバナナ共同作品
皇帝夫婦・愛と涙の治療日記
2 きくえさん
承:治療編
「いつか、そのうちに治るんじゃないのかしらん」
そんな風に呑気に構えていたユーリも、さすがに1ヶ月ともなると不安になってきた。
まさか・・・このまま治らないの?カイルも頑張ってるけど、最近はなんだか投げやりになってきてるし・・・。
嫌よ!そんなの!!せめてあと一人、女の子が欲しいわ!
ようやく、事の重大さを認識しだしたユーリは途端に焦りだした。
しかし、肝心の治療の仕方が全くわからない。
「ねぇ、ハディ・・・ちょっと相談したい事があるんだけど。」
朝食の席で、ユーリはおもむろに口を開いた。今ならカイルはまだ寝ている。
「はい。一体なんでございましょう?」
ハディは給仕の手を休めて、ユーリの前に座りなおした。双子も近寄ってくる。
実は3姉妹は、最近また寝不足で顔色が悪くなってきているユーリが気になっていた。
相変わらず皇帝の朝寝は続いているが、湯殿でユーリの世話をしていても、夜の名残はあまり見当たらなかった。
だから、何か・・・他に夜、寝られないような心配事があるのではないかと心配していた所だったのだ。
「いや!そんなにかしこまることないから、お仕事しながら聞いてくれればいいから。」
急に神妙になった3姉妹に、ユーリはかえって焦った。ただでさえ、どうやって話せばいいのか分らないのに、そんな深刻な顔をされてはますます話し辛くなる。
「さようでございますか?」
と言って、3姉妹はまたそれぞれの仕事をし始めた。
「あの・・ね・・、男の人が・・その・・・夜がダメになった場合って、どうやったら治るのかなぁ?」
ユーリの唐突な質問に、3姉妹は顔だけをユーリの方に向けて、体は凍り付いていた。
「「「ユーリ・・様・・?」」」
「ほら!1ヶ月くらい前にデイルが寝室に飛び込んで来た事があったじゃない?
カイルってば、それがショックだったみたいで・・・あれ以来、できなくなっちゃったん・・・」
がちゃん!がちゃん!!がちゃん!!!
ユーリが言い終わる前に、3姉妹が持っていたワイン壷やら皿が手から滑り落ち、すさまじい音を立てて砕け散った。
「イ、イル・バーニ様!!」
そう叫ぶと蒼白したハディは弾丸の様に部屋から飛び出していった。双子は床に座り込んで泣いている。すさまじい音と、後宮を走り抜ける女官長の姿を見て、何事かと衛兵が飛んでくる。
「何でもないから」と、衛兵を追い出し、泣き崩れている双子を見て、ユーリは初めて『やっぱり大変な事だったのかしら』と思い始めていた。
「ユーリ様!!」
後宮と執務室からの最短記録ではないだろうかと思えるぐらいの早さで、ハディがイル・バーニを連れて戻って来た
「ユ、ユーリ様・・お話はハディから伺いました。ま、真でございますかっ?!」
息を切らし、声を震わせながらイル・バーニが真実を確かめた
「う、うん。本当。だからちょっと落ち着いて・・・」
「これが落ち着いていられますか!!帝国の危機ですぞ?!」
ハディから渡された水を一気に飲み干してから、イル・バーニはまくしたてた
「確かに、現皇帝陛下には御立派な後継ぎが既にいらっしゃいます。その点に問題はございません。
しかし、御子は何人いらっしゃっても宜しいのです。
そして、陛下がそのような状態ですと、ストレスまで溜まってしまうやもしれません。
そうなると、冷静な判断が出来かねます。御政務にも支障が出るでしょう。
すると、現皇帝を排斥しようとする動きが出てくるやもしれません。私が心配しているのはこの点なのです!!
何故もっと早く教えて下さらなかったのですか?!手遅れになっていたらどうなさいます!!」
イル・バーニに圧倒されたユーリはただ、頷くだけしかできなかった
「イル・バーニ様!そのようにユーリ様をお責めにならないで下さい。ユーリ様だって、このようにお顔の色が悪くなるぐらい、お悩みになられていたのですから。」
涙を流しながら、ハディはユーリを抱きしめて、かばう様にして言った
「ユーリ様、ずっとお悩みでしたのですね。ですが、もう大丈夫ですわ!アナトリア一の策士である、イル・バーニ様が付いていらっしゃいます。」
「ごめんね、イル、3姉妹。あたしもそれが心配だったの。それで、いったいどうしたらいいのかなぁ?」
心配していることは全然違っていたのだが、とりあえずそういうことにしておいた。
目的は一つ。『カイルを治す事』のみだ
「とにかく、医師と薬師を呼びましょう」
ようやく落ち着きを取り戻したイル・バーニが、双子に命じようとした
「待って!」
慌ててユーリがそれを止める
「それはダメだよ!カイルは誰にも知られたくないはずだもん。みんなに相談した事も内緒だし、誰かに知られた事がわかったら、今度こそ再起不能になっちゃうかもしれないよ」
「確かにその通りでございますな・・・。しかし、そうなるといったいどうすれば・・」
「いつもと違う状況にすればよろしいんですわ!」
イル・バーニの言葉を遮るように、目を輝かせてリュイが叫んだ
「違う状況って?」
「ですから、今夜はユーリ様から陛下をお求めになるんです。めいっぱい着飾っていただいたユーリ様をご覧になれば、陛下だってその気になられますわ。」
片割れに代わって、シャラまで目を輝かせて言う。ハディもイル・バーニも、良い案だという風に頷く
しかし、ユーリは溜息をついて首を横に振りながら
「それもやった。けど、だめだったの・・・」
と、沈んだ声で言った。
はぁ〜〜〜〜
5人の溜息が部屋中に広がった
「残るは媚薬を使うしかありませんな」
しばらくの沈黙の後に、イル・バーニが口を開いた
「・・・媚薬しかないの?」
過去に2回、カイル以外の男性から媚薬を使って襲われかけた経験を持つユーリは、媚薬はできるだけ使いたくはなかった。
ユーリの不安を察したのか、イル・バーニは
「大丈夫でございますよ。お使いになられるのは陛下なのですから。アッシリアに伝わる秘薬をお教え致します」
と、安心させるように言った。
「そういえば、我ハッティ族にも伝わる秘薬がございますわ!茸が原料なのですが、それを飲むと男性がとっても元気になるんだそうです。」
ハディが何故か嬉々として言う
「男の人が元気になるってゆうのだったら、日本にもあったなぁ・・・確か、スッポンとタツノオトシゴだったかな?」
おぼろげな記憶を手繰り寄せて、ユーリも考える
「他にも赤マムシや大ヤモリ、ハブにマタタビ・・・」
「あら、シャラ、山芋にマカも忘れちゃダメよ」
双子が指を折りながら、次々と媚薬の原料となるものを言っていく
「では、それらを取り寄せますので」
手の指だけでは足りなくなっていった双子に呆れながら、イル・バーニは部屋を辞そうとした
「ううん!あたしが自分で採りに行くよ!」
意を決した様に、ユーリが立ち上がって言った。
「茸やマムシとかは王宮の薬品庫にあるだろうけど、スッポンなんかは海にしかいないもん。それに、これはあたし達夫婦の問題よ。あたしの手で治してあたいの。」
「ユーリ様・・・本当に御立派になられて・・」
ハディが、見れば双子もまた泣いている。
これでますます政務が遅れる・・・アナトリア一の策士と言われたイル・バーニは、眩暈を起しそうになった。
翌日の朝、王宮から皇妃と女官長、皇妃付き女官2名の姿が消えていた
「一体、ユーリはどこに行ったのだ!!」
タブレットを握り締め、カイルは主のいない皇妃の部屋で、ぐるぐると歩きまわっていた。
「陛下、どうか落ち着いてくださいませ。今回はちゃんと書置きがございますでしょう」
何も知らないキックリがカイルをなだめる
「書置きだと?!『あなたの為に行きます。心配しないで』こんな訳の解らないもの、役には立たないではないか!それに、誰かが手引きしたに違いないのだ。でなければ、こんなに大勢の衛兵がいるにもかかわらず、脱走なぞできるはずがない!」
握り締めていた書置きを、キックリに放り投げる
「陛下、ご心配は拝察致しますが、3姉妹もついております。それに、その書置きから察しますところ、どうやらユーリ様は陛下の御為にどちらかに行かれたご様子。でしたら、また陛下の御為にお戻りになられます」
皇妃脱走の手引きの張本人であるイル・バーニは、平然とした顔で意味不明の書置きの苦しい解説をした。
こんな意味の解らない書置きをされるくらいなら黙って行ってくれた方がマシだった。
冷や汗を感じながら、イル・バーニは今頃はキッズワトナに向かっているであろうユーリを恨めしく思っていた・・・。
10日後・・・ユーリと3姉妹は王宮に戻っていた。
但し、カイルのいる執務室でも、後宮でもない。4人は皇帝専用の厨房室にいた。
何やら、うごめく物が入っている袋を抱えて帰ってきたユーリ達は、厨房に辿り着くなり、中にいた人間を全員外に追い出した。
そして、皇帝に自分たちが帰って来た事を絶対に知らせない様に念を押して、厨房を占拠したのだ。
追い出された料理番達が聞き耳を立てていると、中からは悲鳴が聞こえてくる。
一体何をしているのかといぶかしんでいると、今度はなんとも形容しがたい臭いが漂って来た。敢えて表現するならば、『悪臭』だった・・・。
「皇帝陛下、只今、皇妃陛下がお戻りになられました。皇妃陛下の御寝室までいらして欲しいとの事でございます。」
衛兵が執務室に飛び込み、伝令を伝えた
執務室でイル・バーニに監視されながら政務をしていたカイルは、持っていたタブレットを放り投げて、ユーリの許に向かった。
「ユーリ様がお戻りになられたか・・・政務が滞るような事になれば良いのだが・・・」
イル・バーニの呟きが聞こえた秘書官は、首を傾げるばかりだった
「ユーリ!!!」
寝室のドアを勢いよく開けたカイルは、ユーリの姿を認めると、近づいて抱きしめる・・・つもりだった・・・
「カイル、ただいま!」
10日ぶりのユーリとの再会。カイルがユーリを抱きしめないなんてあり得ない。
しかし、カイルは抱きしめなかった・・・いや、できなかった。
「ユーリ・・・一体どこへ・・いや、それよりも、この悪臭はなんだ?」
思わずカイルは鼻をつまんだ。ユーリも、よく見れば布で鼻を覆っている。
「うん、これはね、媚薬なの」
ユーリは小さな壷をカイルに差し出した。蓋を開けると臭いが一段と強烈になる
部屋の入り口で立ちすくしているカイルに渡す
「実は、媚薬を作るために材料を探しに行ってたんだ。
で、採ってきたはいいんだけど、作っていったらどんどんこんな臭いになっちゃって・・媚薬っていうよりも、お薬みたいになっちゃった。」
恥ずかしそうに頬を染めて、ユーリはカイルに言った
「・・・媚薬?わたしの為にか?嬉しいよ、ユーリ」
カイルは感動してユーリを抱きしめる。
「痛いよ、カイル。ね、飲んでみて!私が作ったんだから」
顔を上げてにっこりと微笑んだユーリは、中身を壷からカップに移した。臭いがますます強烈になる。
しかも、媚薬と呼ばれてはいるが、色はどす黒く、どろっとしている。
「あ、あぁ・・・お前が作ったのか?」
そう言ったっきり、カイルはカップを睨んだまま動かない
「そうだよ。あのね、海まで行って、タツノオトシゴと、スッポンまで採って来たんだよ。
でもね〜スッポンは、亀と区別がつかなくって、とりあえず2匹入れてみたの。
他にもね、大ヤモリとか、赤マムシやハブも捕まえてきたんだよ。それからね〜・・・・・」
ユーリは誇らしげに、材料を次々と説明してく
「カイル、聞いてる?本当はね、一つ一つ別に煎じたりして使うらしいんだけど、全部使っちゃえば効き目も良いと思わない?だからね、み〜んな入れて煮込んだの。さ、飲んでみてよ」
ユーリの説明も終わり、期待に満ちた目でカイルを見つめる
愛しいユーリの顔と、媚薬と呼ばれている黒いどろっとした液体の入ったカップとを、交互に見比べて・・・目を瞑ってカイルは飲んだ・・・・・。
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