酔いどれバナナ共同作品
皇帝夫婦・愛と涙の治療日記
3 千代子さん
転:副作用編
喉越しさわやか、とは言い難い媚薬≠ニいう名の液体は、カイルの胃の腑に治まったと思ったとたん、逆流してきた。
「カイル!? ちょ、ちょっと大丈夫!?」
カイルの背をさすりながら、ユーリは媚薬は失敗だった、と思った。
「やっぱり…スッポンと亀の区別をしとくべきだったかしら…」
ユーリはカイルの背を擦る手を止めず、ぼそりと呟いたが、その顔は暗く沈んでいた。
もはや、限界はカイルだけではなかった。
初めのうちこそ呑気に考えていたユーリだったが、一ヶ月も経つと我が身の寂しさがひしひしと募ってくる。
苦労して媚薬のもととなる材料を手に入れ、自ら煎じて作り上げたものも効かないとなると、最終手段を考えなければならなかった。
ようやく落ち着いたカイルは、しばらくベッドに横になる、と言ってその長身を横たえた。
「カイル…ごめんなさい、あたし…」
カップに水を注いだのを口元に運んでやりながら、ユーリは心のうちから一刻も早く治さなければ、と思った。
それにはどうすればいいの、と思うと、最後の手段として頭の片隅に追いやっていたひとつの方法がある。
それはユーリがカイルの手を取る、つまり、カイルをリードする、というものだった。
だが、いままでどちらかというと受身のユーリに、カイルを抱けるのか、というのは少なからず抵抗がある。
子を二人も成していながら、それでもユーリには恥じらいの気持ちがあり、自分がカイルに覆い被さり、そしてその躯を愛撫するなど想像しただけで腰の力が抜けそうだった。
だが、もはや迷っている暇はなかった。
媚薬も効かないとなると、最期は愛の力しかないと、思いついたら即行動しなければ収まらぬのがユーリなら、いまだ口中に媚薬の味の残っていると見えるカイルに、そっと覆い被さった。
「…少しは落ち着いた?」
顔色はまだ少し悪そうだが、寝ていてくれるだけならコトはすみそうだった。
ユーリはカイルの首に腕を回し、そっとその唇に触れようとしたとき、突然カイルは身体を起こし、再び激しく咳き込んだ。
「カイル!? ねぇ、しっかりして!!」
媚薬の副作用がまさかこんな形で表れるなんて、とユーリは泣きたくなったが、とにかく目下のところ、カイルの容態を治さねばならず、扉の外に待機している衛兵に奥医師を呼ばせ、薬湯を、薬草を、とおおわらわであった。
結局、ユーリはその日の午後はずっとカイルの看病に追われ、ようやく落ち着いたのは日が落ちてからだった。
医師が処方した薬でカイルも落ち着き、とろとろとしているのを見届けて、いつしかユーリ自身もうとうととしてしまったらしい。
カイルは、夕暮れの西日が真っ直ぐ目を射るのに目を細めながら脇を見ると、ユーリがベッドにもたれるようにして心地よさげな寝息を立てているのを確認した。
その視線を感じたのか、ユーリはうっすらと目を開け、いまが夕暮れ時で、さっきまでカイルの看病に忙しかったことが寝ぼけ眼のなかに蘇ってくると、急いでカイルの顔を覗き込んだが、さして顔の色は悪くなかった。
「具合はどう?」
額に手を当て、デイルが発熱したときのように熱を測ってやるしぐさをすると、カイルはその手をとって、大丈夫だ、と頷いて見せた。
その微笑にはまだどことなく力がないようだったが、さきほどよりは確かにしっかりとしているし、それに心なしか顔が紅潮しているようにも見えなくはない。
西日が大きく伸びて部屋の中に入ってきており、ちょうどベッドを照らしていたからかもしれないが、もしかしたら媚薬が今ごろになって効き始めたのではないかしらとも思えたものの、カイルをあんなに苦しめた媚薬の力に、ユーリはいまさら頼りたくなかった。
「もう大丈夫なの?」
カイルが頭を寄せている枕に自分も頭を預けながら、ユーリはカイルの手をとってそっと唇を当てた。
「ごめんなさい…あたし…カイルに元気になってもらいたくて…」
「もう気にするな。わたしのためにしてくれたことは、判っている」
「でも…あなたをこんなに苦しめてしまった」
「……責任はわたしにある。もう気にするな」
「カイル…」
肩に回された腕がまだ心持弱々しく、ユーリはカイルがまだ本調子ではないのを悟ったが、その言葉があまりにも優しすぎ、相手は病身と判っていながらその胸にすがりつき、ひとしきり涙をこぼした。
「ごめん…ごめんね、カイル。あたしがきっと治してあげるから」
涙に濡れた顔を持ち上げて、ユーリはカイルを見つめた。
「…ユーリ、これはわたしの問題だ。お前が気に病むことはないよ。大丈夫だ、もうしばらくすれば…」
「――違うよ」
カイルの言葉が終わらぬうちに、ユーリはその言葉を遮った。
「違うよ、カイル。あなたの悩みはあたしの悩みよ。あたしたち夫婦でしょ? 夫婦ってそういうものでしょう?」
ユーリの肩に回された腕が一瞬こわばったのが感じられ、ユーリは驚きに満ちたカイルの顔を覗き込みながら、
「…カイル、大丈夫よ、あたしに任せて……」
と、その唇を重ねた。
初めのうちこそ、ユーリの行動に戸惑いを隠せなかったカイルだったが、ユーリの執拗なまでのキスにやがて身を任せるようになった。
どこかで情けない、という気持ちがなかったとはいえないが、それにも増して躯のうちからなにか熱いものが湧き上がってくるのを覚えたのは、媚薬のせいであろうか。
――それだけではあるまい。
カイルは、すっかり恥じらいをなくした様子のユーリの腰に腕を回してそう思った。
唇を離して身体を起こしたものの、ユーリはやはり恥ずかしさが込み上げてきた。しかし、ここで止めるわけにはいかなかった。
表面では、どうってことないわ、と装っていても、やはり一抹の恥ずかしさはある。
しかしユーリは、自分でも驚くほど冷静に、カイルの腰紐を引き、見慣れた逞しい胸板が目に飛び込んできたとき、胸にきゅんとしたものが起きるのを感じた。
「カイル……」
ユーリは再び唇を重ねてから、その首筋に顔をうずめた。
ほとんどいつも抱かれるに近い状態のユーリは、カイルの乳香の匂いに半ば眩暈を感じつつ、止められなくなりそうな、と思わずにいられなかった。
こんなに相手の躯を丹念に愛撫したのは初めてと言ってもいい。いままではカイルにねだられれば首筋に愛の証をも残したし、一晩中愛された挙句の興奮に任せてあられもない睦み方もしたけれど、それでもいつも、カイルが最終的な主導権を握るのは当たり前だった。
「……ユーリ…」
カイルはユーリの髪を指で弄びながら、苦悩に満ちた声でその名を呼んだ。
「お前…いつの間にこんなことを…?」
それは驚きと狂喜の相混じった響きがあった。
ユーリは、カイルの耳元まで顔を寄せ戻して、そっとつぶやいた。
「全部…カイル、あなたが教えてくれたことじゃない」
耳朶に軽く歯をあて、そのまま唇をずらして頬へ、頬から唇へ、と移動させ、その舌を絡ませあったとき、ユーリは突然、天地が引っくり返るような感覚を覚えた。
「カイル…!?」
戸惑う間もなく、カイルはユーリの唇を貪り、その身を貫いた。
「…っ! カイ…ッ……ああっ!!」
ユーリは幾日かぶりに躯の奥底から、蜜のように湧き上がってくるものを感じていた。
それは熱い光のようにユーリの全身を突き抜け、やがてユーリはぐったりと果てた。
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